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福岡高等裁判所 昭和61年(行ケ)1号 判決

原告

三浦一雄

右訴訟代理人弁護士

斉藤修

被告

熊本県選挙管理委員会

右代表者委員長

舞田邦彦

右指定代理人

飯田征生

藤田則夫

木村利昭

豊田祐一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  昭和六〇年九月一五日執行の五木村村長選挙における当選の効力に関し、被告が昭和六一年二月一〇日になした原告の審査申立を棄却する旨の裁決を取消す。

2  右選挙における西村久徳の当選を無効とする。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六〇年九月一五日に執行された五木村村長選挙(以下本件選挙という。)の選挙人であるところ、本件選挙において西村久徳が当選した。

2  当選人西村久徳は、本件選挙執行当時五木村に対する関係で地方自治法一四二条所定の、主として当該地方公共団体に対し請負をする法人(以下兼業禁止法人という。)に該当する五木村森林組合(以下本件組合という。)の理事(組合長)の職にあつたのに、当選の告知を受けた日から五日以内に公職選挙法一〇四条所定の関係を有しなくなつた旨の届出をしなかつた。

3  本件組合が、五木村に対する関係で兼業禁止法人に該当する理由は次のとおりである。

(一) 本件組合の昭和五六年度から同六〇年度までの各年度の総事業収入金額及び五木村との間の契約金額(各年度の造林委託契約金額、苗木等売買契約金額、昭和五六、五七、五九年度の集団間伐実施事業委託契約金額及び昭和六〇年度の山口入会林野整備事業施行委託契約金額の合計金額)は、別表記載のとおりであり、年度毎の契約金額は、本件組合の総事業収入金額の二三・四二%ないし二八・〇一%で、平均二五・二一%を占めている。

(二) ところで、地方自治法一四二条及び公職選挙法一〇四条は、地方公共団体と請負関係に立つ者、あるいはその関係に立つ法人においてはその役員等にある者が、同時に地方公共団体の長となることになれば恣意的関係に立つ結果、行政の公正な職務執行が妨げられ公正な運営を確保することが極めて困難となることになるため、これを禁止するべく規定されたものであるから、地方自治法一四二条の文言は、広義に解釈すべきものであつて、同条にいう「主として同一の行為をする法人」すなわち「当該法人の業務の主要部分」に該当するか否かも行政の公正な運営が担保され得るのか否かという観点からより広く解釈されるべきものである。以上のことからして、当該法人の全業務量の概ね二五%(四分の一)相当の業務量はまさに「当該法人の業務の主要部分」を占めているというほかはない。

(三) また、現代社会における経済活動は、大小を問わずほとんど法人組織によつて事業がなされており、個人事業は極く零細小売店程度しか存在しない。そして、地方公共団体との間に地方自治法一四二条の請負関係に立つ企業は、そのほとんどが法人であつて、個人企業は皆無といつてよいのが実情である。しかるに、個人事業については、「年二回、定期的に市に文房具を年間売上の約一〇%を納入する場合」についても兼業禁止規定(地方自治法九二条の二、議員に関するもの。)に違反する旨の実例がある(昭和三一年一二月一九日自丙選発第八四号佐賀県選管あて自治庁選挙部長回答。)。それにもかかわらず、これが法人となると二五%でも兼職禁止規定に違反しないとすると、個人としては違反とされる部分が法人であれば許されるという不釣合な結果となり、また、現代社会における経済活動の実情及び公共団体と請負関係に立つ者の実情とをあわせ考えると、地方自治法一四二条の存在そのものを没却してしまう結果となる。したがつて、「当該法人の業務量の主要部分」を占めるか否かの解釈にあたつても、個人事業の場合との対比及び現代社会における法人の在り方、公共団体の請負者の実情とを十分斟酌すべきであり、この点を考慮すると全業務量の二五%相当は、まさに「当該法人の全業務量の主要部分」といわざるを得ない。

(四) 以上のようなことからして、本件組合の全業務量のうち概ね二五%を占める五木村との本件請負は、同組合の業務量の主要部分を占めていると判断されるべきである。

4  そこで原告は、本件選挙に関し、西村久徳が当選を失つたことを理由に五木村選挙管理委員会に対し異議の申出をしたところ、昭和六〇年一〇月一四日同委員会がこれを棄却する決定をしたので、同年一一月二日被告に対し審査申立をしたところ、被告は同六一年二月一〇日これを棄却する旨の裁決(以下本件裁決という。)をした。

5  よつて原告は、本件裁決を取消したうえ、西村久徳の当選を無効とする旨の判決を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、本件組合が五木村に対する関係で兼業禁止法人に該当することは否認し、その余の事実は認める。

3  同3の(一)の事実は認める。同3の(二)ないし(四)の主張は争う。

ところで、原告は、地方自治法一四二条の解釈は、行政の公正な執行を確保するためにおよそ行政の公正な運営を妨げるおそれのある場合を排除しようとするものであるから、「主として同一の行為をする法人」すなわち「当該法人の業務の主要部分」に該当するか否かもむしろ広義に解釈すべきであり、当該法人の全業務量の概ね二五%(四分の一)相当の業務量はまさに「当該法人の業務の主要部分」を占めているというほかないと主張する。しかし、「行政の公正な執行を確保するため」という立法趣旨からただちにこのような結論が出てくるものではない。「主として同一の行為をする法人」とは当該地方公共団体に対する請負が当該法人の業務の主要部分を占める法人を指すものであつて、それは当該地方公共団体に対する請負額と当該法人の全業務量との比較によつて個々具体的に判断するほかはない。一般的に当該法人の当該地方公共団体に対する請負が全業務量の半分以上を占めるような場合は該当するが、本件組合の全業務量に占める五木村との請負関係にある業務量は五年間の平均が二五・二一%であり、かかる四分の一程度の業務量ではいまだ本件組合の業務量の主要部分を五木村が占めていると認めることはできない。

次に、原告は、「当該法人の業務量の主要部分」を占めるか否かの解釈にあたつては、個人と法人とを同視すべき趣旨の主張をするが、法人の無限責任社員等は利害が間接的なばかりでなく、法律、定款、株主総会、取締役会等の制約を受けながら業務を遂行するのに対し、個人の場合は利害が直接的であり、自己の自由意思によつて業務が遂行でき不正がより介入しやすいことから法は両者を区別しているのであり、同視することはできない。原告は、法人の無限責任社員等を個人と同一視することによつて「主として」という要件をゆるやかに解釈しようとするもののようであるが、それでは地方自治法一四二条がわざわざ文理上も区別して規定していることとも反し到底認めることのできない解釈といわざるをえない。

4  請求原因4の事実は認める。

三  被告の主張に対する原告の反論

被告は、個人の場合は利害が直接的であり、自己の自由意思によつて業務が遂行できるのに対し、「法人の無限責任社員等」は利害が間接的なばかりでなく、法律・定款・株主総会・取締役会等の制約を受けながら業務を遂行するのであるから区別されるべきであると主張するが、法人に所属する個人が間接的であるからこそ、それらの者のうち特に法人に対しその意思決定権を有するところの無限責任社員、取締役、監査役、若しくはこれらに準ずべき者、支配人、清算人等を個人と同視しうべき者として取扱うというのが法の趣旨である。個人の場合でも、商業使用人である支配人が兼職禁止の対象とされているのも右と同様の趣旨である。したがつて、被告の右主張は、地方自治法一四二条の解釈を誤つたものである。

第三  証拠〈省略〉

別表

年度

①総事業収入金額(円)

②五木村との契約金額(円)

( )内、上段は造林委託契約

下段はその他の契約

②÷①×100

56

348,892,175

87,770,750

(75,705,000 12,065,750)

25.16%

57

377,056,527

90,688,150

(80,246,000 10,442,150)

24.05%

58

351,100,296

98,348,350

(90,464,000 7,884,350)

28.01%

59

425,903,929

109,209,450

(88,449,000 20,760,450)

25.64%

60

398,248,560

93,258,030

(85,750,000 7,508,030)

23.42%

合計

1,901,201,487

479,274,730

(420,614,000 58,660,730)

25.21%

理由

一原告が昭和六〇年九月一五日に執行された五木村村長選挙の選挙人であるところ、本件選挙において西村久徳が当選したこと、西村久徳が本件選挙の執行当時本件組合の組合長の職にあつたが、当選の告知をうけてから五日以内に公職選挙法一〇四条所定の関係を有しなくなつた旨の届出をしなかつたこと、原告が、本件選挙に関し、西村久徳が当選を失つたことを理由に、五木村選挙管理委員会に対し異議の申出をしたが、同年一〇月一四日同委員会がこれを棄却する決定をしたので、同年一一月二日被告に対し審査申立をしたところ、被告が、同六一年二月一〇日これを棄却する旨の本件裁決をしたことは、当事者間に争いがない。

二そこで、本件組合が、五木村に対する関係で兼業禁止法人に該当するか否かについて判断する。

1  本件組合の昭和五六年度から同六〇年度までの各年度の総事業収入金額及び五木村との間の契約金額(造林委託契約金額、苗木等売買契約金額、集団間伐実施事業委託契約金額及び山口入会林野整備事業施行委託契約金額の合計金額)は別表記載のとおりであり、年度毎の契約金額は、本件組合の事業収入金額の二二・四二%ないし二八・〇一%で、平均二五・二一%を占めていることは、当事者間に争いがない。

2  ところで、地方自治法一四二条は、普通地方公共団体の長を一定の私企業から隔離し、そのことによつて長の公正な職務の執行を確保する趣旨で設けられた規定であるから、同条にいう「請負」とは、民法所定の請負に限らず、営業として地方公共団体に対し物品、労力などを供給することを目的とする契約で、継続的、反復的にされるものをも含むと解すべきであつて、そうすると、本件組合と五木村との間の前記造林委託契約、苗木等売買契約等の各契約は、その契約内容及び契約の反復、継続性からみていずれも同条にいう「請負」に該当するものというべきである。

次に同条にいう「主として同一の行為をする法人」の意義は必らずしも明確ではないが、法人が普通地方公共団体に対し請負をする場合についていえば、「主として」なる文言が用いられている以上、通常の用語例からして、当該法人にとつて当該地方公共団体に対する請負が単に重要な取引であるというだけでなく、主要な取引である場合、つまりその請負額が少くとも当該法人の全事業収入額の過半を占める場合をいうものと解するのが相当である。これを本件についてみると、本件選挙執行時の年度を含む過去五年間における本件組合と五木村との間の契約金額(請負額)が本件組合の総事業収入額に占める割合は前記1記載のとおりで過半を占めたことはなく、平均二五・二一%に過ぎなかつたから、この程度では本件選挙執行当時本件組合は、五木村に対する関係において兼業禁止法人には該当しないというべきである。

なお、原告は、個人事業者が年二回定期的に市に年間売上の約一〇%相当額の文房具を納入する場合について兼業禁止規定(地方自治法九二条の二)に違反するとした先例を挙げ、五木村に対する関係で本件組合の兼業禁止法人該当性を判定するうえで個人事業の場合との対比及び現代社会における法人の有り方、公共団体の請負者の実情とを十分斟酌すべき旨を主張するが、地方自治法九二条の二及び一四二条は、請負者が個人である場合と法人である場合とを区別し、後者の場合「主として同一の行為をする法人」と規定している以上、兼業禁止法人該当性の判定は、当該地方公共団体に対する当該対象法人の請負がその業務の主要部分を占めるか否かにより一義的に決せられるべきものと解すべきであり、個人と法人とを同一視することはできないから、原告の右主張は採用できない。

三以上によれば、本件組合は、五木村に対する関係で兼業禁止法人に該当せず、本件選挙執行当時その組合長であつた西村久徳は、その関係を有しなくなつた旨の届出をしなかつたからといつてその当選を失うことはないから、当選を失つたことを理由とする原告の審査申立を棄却した本件裁決は結論において相当である。

よつて、本件裁決の取消と本件選挙につき西村久徳の当選の無効を求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森川憲明 裁判官柴田和夫 裁判官木下順太郎)

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